“誠実”が意味するもの

こんばんは!Soitanです。

 

 

インターネットで以下の匿名ブログ(以降: 増田)が話題になっていました。心に響いてしまったので、備忘録としてこのブログを残します。

 

元ネタ

anond.hatelabo.jp

 

恋愛は

 

この増田は、恋愛工学を通して世の中について理解を深めたのでした。

 

タイトルにも出ている恋愛工学とは、「彼女を作るために最適化された手法」のことで、この動画などが参考になります。フェーズによって女性に対する態度を変え、会話の内容を固定化させたところ、従来より反応が良くなったそうです。

 

コメントでは増田に対する非難で溢れていましたが、個人的にはそんなもんだろうと思ってしまいました。というのも、オタクはともかくスポーティな人でも“誠実”な人はあまりモテず、権力や暴力性(暴力性は必ずしも暴力を肯定しない)のある人がモテているのは中高生の頃によく目にしていたからです。

自分のことを考えても「女は愛嬌」という古臭い言葉通りに愛嬌のある女性が好みですし、人の嗜好が統計学的範囲に収まるだろうと漠然と思っています。

 

私は、「何で誠実な人がモテないのか」と憤慨することはなく、むしろ「そういう世界だと理解した上で私はどう解釈して生きるのか」に興味があります。増田の言葉によって解釈された世界は、きっと正しいのだろうという直感で、この文章をさらに考察したいと思いました。

 

“誠実”が意味するもの

 

“誠実”だった従来の増田がフラれ、嘘を言う増田にはなぜ楽しそうにしていたのか?
これは相手からすれば、従来の増田が不誠実で、嘘を言う増田は誠実だと思われたからではないか。

 

増田の語る“誠実”とは「自分にとって」誠実であって、「相手にとって」誠実ではない。「良い人」とは「都合の良い人」とよく言われますが、これも「(話者の)自分にとって」良い人=「自分にとって都合の良い人」だからだと考えます。

「自分にとって」を加えることで、性格に関わる言葉の意味がより深まった気がします。

 

従来の増田の行動を追っていくと、フラれた理由がわかる気がします。
“相手の言う言葉には、自分なりの言葉で一生懸命考えて、相手の為になるよな言葉を重ねる。”“下ネタはセクハラになるから入れないようにしていた。”は、
「自分にとって」相手の為になる行為であって、「相手にとって」為になる行為と受け止められなかった。これが非モテコミットに該当してしまったのでしょう。逆にACSのフェーズによって態度を変え、時に相手を弄る態度は、「相手にとって」為になる行為であると思われたのでしょう。

 

誠実とは正しさを意味しません。
例えば、Aさんは○○を××だと教育されており、○○は××だと正しさをもって確信しています。逆にBさんは○○が××だと知らず、△△だと思っていたとします。このとき、AさんがBさんに対して(相手のことを思って)自分なりの言葉で○○が××だと助言することは、Bさんの目に「誠実」として映るのか。たぶん映らないのではないでしょうか。

 

Aさんが自分を偽って「相手の為に」○○は△△だと語る行為は、「自分にとって」“平気で人を欺く、糞な人間”の行為であっても、「相手にとって」“人を笑わせ、楽しませて、存在価値がある”人間の行為なのだと思われます。

 

終わり

この増田の一番好きなところは、“ありがとう”と最後に感謝しているところです。普通の人であれば、自己嫌悪が増えると言っていて必ずしも良い気持ちを持っていない増田が、なぜ感謝をするのか理解不能だと思います。

 

しかし、私はこの感情にとても納得がいきます。

 

「私の知らないルールでこの世界が回っている。この世界のルールを知りたい」という話を私はよくします。増田は「世界のルール」を知ったことで、生き方がガラリと変わってしまった。確かに、元の増田にとって都合の良い世界ではなかった。けれども今の増田は「世界のルール」を知ることができ、そして世界の住人になれたという悦びが“今の方が楽しく、生きてる感じがする”と表れている。この増田の気持ちを否定したくないんですよね。

 

奇しくも私は「演技」について考えています。社会的な動物である人間が自己対象を持って生きなければならないことを知って、人と人との繋がりの大切さを改めて考え直しています。その中で「演技」が重要なのではないかと考えていました。

「自身の考えと他者の考えが異なり、折り合いをつけて人付き合いをしなければいけない」と言葉にするのは簡単ですが、その難しさを日々実感しています。増田は、生き方のヒントを教えてくれた気がしました。