香澄と沙綾と死と再生について

 

この文章で言いたいこと

  • 戸山香澄と山吹沙綾は「認めたくない過去」を持っている。
  • 「認めたくない過去」≒「死」の体験からくる恐怖が、「ポピパの活動」≒「生」への役割を喚起した。
  • 現実の複雑性に目を向けることで、ユニークな役割を見つけ、虚無的な人生観から蘇ることができる。
  • 「役割」が達成できた時、自分の意志で「役割」から降りることができる。そしてまた新しい「役割」を引き受け再生することができる。

 

 

 

はじめに

BanG Dream!』(以下『バンドリ!』)とは、キャラクターとリアルライブがリンクする次世代ガールズバンドプロジェクトである。『バンドリ!』には、その世界観を共有した『バンドリ!ガールズバンドパーティ!』というゲームがリリースされていて、ゲームでは2022年6月現在7バンドが実装されている。その内4バンドは、声優さんが実際に楽器を演奏している。

Poppin'Party (以下ポピパ)は、『バンドリ!』から生まれた初めてのリアルバンドであり、ポピパがメインの物語として登場するアニメ1期は、2017年1月に放映された。アニメとゲームの開始から5年が経った現在、改めてポピパや『バンドリ!』の価値観と方向性について考えてみたいと思う。

バンドリ!』は戸山香澄と山吹沙綾の出会いから始まり、二人の喧嘩を経てポピパのバンドメンバーが揃った。従って、二人の価値観を深堀りすることは、ポピパを理解する上で大きな意味を持っている。二人の価値観が、ポピパや更に『バンドリ!』のテーマと関係する拠り所について示したい。

 

戸山香澄と山吹沙綾

アニメは、戸山香澄が花咲川女子学園高校へ初登校するところから始まる。戸山香澄は、キラキラドキドキすることを探して花咲川に進学した。部活動の体験入部をするも、キラキラドキドキが見つからない。そんな中、真っ赤な星型のランダムスター(ギター)と出会い、ガールズバンド結成を夢見た。

一方山吹沙綾は、ポピパのドラム担当である。中学時代にはCHiSPAというバンドに参加していたが、家族の面倒を見る必要があり、半ば逃げるようにしてバンドを脱退した。入学式の日にクラスメイトの香澄と仲良くなり、香澄のよき相談相手となった。

沙綾は、香澄に誘われてポピパに加入するが、最初に勧誘された1期7話では、バンド加入を断っている。二人の価値観がぶつかり大喧嘩になってしまったからだ。ここでは、大喧嘩をきっかけに相互理解が進み、お互いが普通の相談相手から良き理解者となるまでを示す。

 

沙綾がポピパ加入を断ったのは、CHiSPA脱退をきっかけに誰かに迷惑をかけることを恐れるようになったためだった。家族の問題でバンドを脱退したことに引け目を感じ、「私の代わりに誰かが損することを拒絶」した。バンドを脱退することで、CHiSPAに迷惑をかけた。迷惑をかけることを嫌うために、沙綾はそもそもバンド活動に関わらないことでメンバーに迷惑をかけないことを望んだ。「バンドや自分の意志そのものを拒絶」することで、誰もが損をしないことを願った。だから香澄の勧誘を断った。

一方香澄は、沙綾が一人で問題を解決しようと動くことを拒み、一緒に考えることを提案した。沙綾が一度バンドを辞めていることはCHiSPAから聞いており、むしろ沙綾が一人で問題解決を図ったために、却ってCHiSPAとのすれ違いが起こっていることを香澄は知っていた。香澄は、他者に迷惑をかけることが必ずしも悪いこととは考えておらず、一緒に問題を共有することで仲間を作ることが重要だと考えた。バンドメンバーを集めるためには、積極的に他者を巻き込む必要があるからでもある。

最終的には、沙綾は香澄の提案を受け入れてポピパに加入している。沙綾が香澄を、「迷惑をかけても良い存在」として認めることができたからである。香澄が沙綾の希望を引き受けることで、香澄自身の目的をも果たそうとしている。沙綾はこの恩を理解しているために、香澄の叶えたい夢を一緒に叶えさせてあげたいと感じるようになった。沙綾が香澄の良き理解者となった瞬間である。

 

香澄と沙綾に共通する「死の体験」

1期7話では二人の価値観が衝突したが、一方でこの経験を期に、二人には共通する過去が存在するようになったと読む。

戸山香澄のキャラクターソングである『どきどきSING OUT!』では、“誰にも見せない 涙をこぼした ときもあったけど あきらめたくない”という歌詞がある。香澄の「キラキラドキドキしたい」という価値観は万人に受け入れられるものではなく、(妹でさえも)理解してくれないことで涙することもあった。しかし、同じ夢を共有するポピパであれば「キラキラドキドキ」を共有することができるかもしれない。このチャンスを諦めたくないという気持ちが歌詞に現れている。

山吹沙綾のキャラクターソングである『遠い音楽 ~ハートビート~』では、“だけどもう自分に 嘘をついちゃダメだよ あのころみたいに”という歌詞がある。「あのころ」というのはCHiSPAを脱退してバンドから目を背け続けた過去のことである。本当は音楽やバンドが好きであるにも関わらず見ないふりをしていた沙綾は、再びバンド活動をするための決意を歌っている。

 

どちらも、「見たくない過去の自分」を否定し、今のバンド活動には、過去の自分から自由になるために夢を追い求めようと心に決めている。

つまり二人には、「死んでしまった過去」を共有している。ここでいう「死」とは「肉体的な死」ではなく「精神的な死」を指す。香澄は、キラキラドキドキを追い求めることのできなかった「死んでしまった過去」があり、沙綾はCHiSPAを脱退してバンド活動を諦めた「死んでしまった過去」がある。

このように見ていくと、お互いが良き理解者であるのは「共通する過去」があるためであるとわかる。

 

「死から生を眺める視座」について

キラキラドキドキを追い求められていない香澄、バンド活動を諦めた沙綾はそれぞれ「孤独」である。「孤独」とは、本当の意味で自分の気持ちを理解してくれる人がいないという絶望を指す。「孤独」によって社会における「役割」を喪失したとき、人は日常生活が営なわれている「社会」の次元から、単に存在している「物」の次元に滑り落ちた。これが「精神的な死」である。

社会の外側に押し出された人間は恐怖を覚える。だから「役割」を自らの意志で創造し、引き受けざるを得なかった。初期の香澄がキラキラドキドキを求めて暴走していたのも、沙綾がバンド活動を拒否して家族への献身に拘ったのも同じことである。彼女たちは、一度捨てた「役割」を別の形で意識的に引き受けることで、彼女たちなりの日常生活を再び営むことができるようになった。

香澄と沙綾は「死んでしまった過去」を経験しているために、この独特な「死から生を眺める視座」を持って、現在のバンド活動を捉えている。彼女たちはもはや純粋な気持ちではありえない。なぜなら「死」からの自由・「束縛」からの開放として「生」を自ら選択したからである。「死」への恐怖感を決して否認できないのである。

香澄と沙綾のデュエット曲である『夏に閉じ込めて』では、香澄と沙綾に寄り添う気持ちが、「カラカラと乾いたラムネの瓶」や「砂浜に書いた文字」として表現されている。それらは波が攫っていくように、簡単に忘れられ消えてしまうようなものなので、ラムネの空き瓶に思いを詰め砂浜に埋める必要があった。「死」への恐怖感から、大切な思い出は「消えてしまう」がゆえに「残したい」と考えるのが、香澄と沙綾らしい楽曲といえる。

 

CiRCLINGの概念

ここで、ポピパの楽曲である『CiRCLING』について考えたい。「サークル」とは「わ」のことであるが、ポピパの「わ」には思想が隠されている。

原案・作詞の中村航先生は、『CiRCLING』とは「循環しながら新しい場所へと向かい続けること」としている。*1 つまり、音楽を通じて絆を深め、愛や夢が受け継がれていくということである。

『CiRCLING』には、“環(わ)!受け取った愛は 巡り続ける世界の愛だ (きっと)夢は(巡り)回り続け CiRCLING!永遠の途中ーー”という歌詞があって、愛を受け取り渡すことがポピパの使命であることが示唆される。アニメ1期1話では、Glitter*Green(グリグリ)のライブにおいて、グリグリから戸山香澄と市ヶ谷有咲に夢が受け継がれた。夢を受け継ぎ叶えた者は、夢を与えなければならない。アニメ3期3話では、ポピパから朝日六花へ、劇場版「BanG Dream! ぽっぴん'どりーむ!」では、ポピパからMorfonicaに夢が受け継がれた。

 

2022年現在、ポピパは夢をある程度叶えており、先輩バンドとして夢を渡す側に回っている。物語に始まりがあれば終わりがあるように、いずれポピパの終わりが訪れる。

ポピパの楽曲である『切ないSandglass』では、“すべて 幻めいて 終わってしまう ものだと知ってもなお ああ 世界は 愛しく 優しいーー 泣いちゃいそうなほど まぶしい”と歌っている。青春がいずれ終わるものと知っても、ポピパが目指した愛や夢は経験として残っており、キラキラと眩しい。つまり、再び「死」んでしまったとしても、「生」を自ら選択した事実は大切な思い出として記憶に残るのである。

先程、「死から生を眺める視座」を持つ香澄と沙綾は、「死」への恐怖感を払拭できないことを説明した。しかし、ポピパの使命が完遂したとき、彼女たちは「生」の達成感を経験する。「ポピパの夢がある形で達成された」と、自らの意志によって役割から降りる経験をするだろう。ここでポピパは、「生から死を眺める視座」を持つようになる。ポピパの終わりが訪れて役割から解放された時、役割から自由になると同時に、役割を発揮することができた経験が自信となって、また新たな役割を引き受け再生することができる。これはまさしく「循環しながら新しい場所へと向かい続けること」である。

「死から生を眺める視座」を持つ戸山香澄が掲げる『CiRCLING』の概念には、「生から死を眺める視座」を持つことで「死と再生の輪廻」が含まれるようになる。

 

キラキラドキドキ≒世界の複雑性に対する好奇心

「キラキラドキドキ」とは戸山香澄が度々発言するマジックワードである。その一方で、その真意について語られる機会は少ない。ゲームでは、「何かが始まる予感」として紹介された「キラキラドキドキ」を「死と再生」の文脈から言語化を試みたい。

 

戸山香澄は幼少期の頃に「ホシノコドウ」を聴いたことがあって、その時に感じた心の動きを表現したものが「キラキラドキドキ」である。1期では、「下を向いて歩いたことで出会ったランダムスターを手に取った」瞬間にキラキラドキドキできた。

つまり大事なのは、「世界のちょっとした差異に敏感になる好奇心」を持ち続けることだ。「世界のことはもう分かってしまった(からもう私にはやることがない≒私である必要性を持つ役割は無い)」という態度が「死」である。日常を生きることは退屈であるように思われるが、世界は絶えず変化し続けており、現実を注意深く観察することで、日常は更新される。世界のちょっとした差異に敏感になり、価値を創造する必要がある。

 

ポピパの楽曲である『Sweets BAN!』を典型例として挙げる。バレンタインといえば、一般的に「女子が意中の男子にチョコをあげる文化」あるいは「友チョコや自分用にチョコを買う文化」として消費されるイベントである。しかし、ポピパ5人は、「チョコをみんなで我慢する」イベントとして共有した。我慢した後のチョコの味は、みんなで共有した思い出が隠し味となって格別な味となるだろう。

このように、ありふれた非日常のイベントも、ちょっとした価値観の違いによって異なる世界を発見することができる。社会に絶望し虚無的な世界観で世の中を解釈することもできるが、「世界のちょっとした差異に敏感になる好奇心」を持つ気持ちを忘れずに生きることで、再び人生を蘇らせることができるのだ。

「死」から「生」になるためには、役割を引き受けることが重要だと考える。「世界の複雑性に対する好奇心」を持つことで、自分なりのユニークな役割が見つかるかもしれない。そして、「ユニークな役割」に真摯に向き合い努力し目標が達成されたとき、ポピパの終わりが訪れて新しいポピパが生まれる。