現代社会は「VUCA」時代と呼ばれており、高い不確実性と将来の予測の困難さが特徴である。*1 「推し活の先に成熟した大人への道すじを見据える」私が、発達心理学を手引きとして成人期のこころの発達過程をまとめる。レジリエンスの構築や、健康な心のあり方のヒントになれば幸いだ。
パーソナリティの発達段階説
健康な心について考える前に、そもそも一般的に人間はどのように心の発達をしていくのかを簡単にまとめる。
エリクソン(1950)は、社会的な関わりによる心の発達過程を重視し、心の発達と成長は生涯を通じて進むという見方を示した。*2 エリクソンによれば、人間の生涯は8つの段階に分けられ、各段階で個人は社会的なライフ・タスクを解決し、心理的・社会的な“危機”を乗り越えることでパーソナリティが形成されるとされる。
“危機”とは、「成長や成熟の方向性」と「病理的な方向性」の間に存在する分岐点や岐路を意味するものである。
特にエリクソンは自己同一性(アイデンティティ)の確立を重要視し、この確立がなされると、個人は広範な社会的可能性の中から特定の選択をし、それにコミットし忠誠を示すようになると述べている。
発達段階 | 対立する要素 |
---|---|
乳児期 | 信頼 対 不信 |
早期幼児期 | 自立性 対 恥・疑惑 |
遊戯期 | 主導性 対 罪悪感 |
学童期 | 生産性 対 劣等感 |
青年期 | アイデンティティ 対 アイデンティティ拡散 |
初期成人期 | 親密さ 対 孤立 |
成人期 | 生殖性 対 自己吸収 |
成熟期 | 統合性 対 嫌悪・絶望 |
成人期における2つのアイデンティティ
青年期にアイデンティティの確立が重要であることはわかったが、成人期におけるアイデンティティの重要性とは何か?
岡本(1997)は、成人としての発達・成熟において、「個」としての自己の確立と同時に、他者を支える「関係性」の達成が重要な意味を持つと述べている。*3
「個」としてのアイデンティティとは、自立や自己確立に焦点を当てたテーマであり、「自分が何者であるか」「自分が何になりたいのか」という問いに答えることを意味する。一方で、「関係性」に基づくアイデンティティとは、他者の成長や自己実現を支援することが中心のテーマであり、「自分は誰のために存在するのか」「自分は他者の役に立つことができるのか」という疑問に取り組むことを意味する。
成人期のアイデンティティの発達においては、両者のバランスを保つことが成熟の指標と考えられる。なぜなら、「個」としてのアイデンティティと「関係性」に基づくアイデンティティは互いに影響し合うからである。他者に対して成長を促す援助をするためには、常に自己も成長し発展していくことが重要となる。
「個」としてのアイデンティティ
人生を物語ることの意味
アイデンティティの確立とは具体的にどのようにして達成していくのか。そのヒントとして、人生を物語ることを考えてみる。*4
物語とは、一般的には「フィクション作品や文学」といったものを指す。しかし実際には、「意味付ける行為」や「経験を有機的に組織化する行為」として捉えることができる。物語には、2つ以上の事象を結びつけて筋立てる機能があり、それによって、ものの見方を変えたり、生じる意味を変化させることが可能となる。
具体例を挙げる。例えば、「幼い頃に両親が亡くなった」と仮定する。この事実自体は変えられないが、私たちはそれを「だからひとりぼっちだ」と解釈することもできれば、「だから自分は一人でやれる」と解釈することもできる。つまり、解釈や意味付けによって人生の物語を大きく変えることができる。
人生を物語として考える際には、個人は自身の人生体験をどのように組織化し、他者に語るかという観点が重要になる。
人生は上昇し成功することだけではなく、ネガティブな出来事と向き合うこともある。人生を物語として捉える場合は、ネガティブな出来事による「病」や「喪失」の経験をどのように物語として受け止めるのかが、自己の人生の意味を深め、物語の再編を促す契機になると考えられる。また、物語は単一である必要がないので、複数の異なる自己物語を作り、並列させることも可能である。
このように物語の特性を生かすことで、様々なライフステージにおいて、人生の満足度や生活の質を向上させることができる。
マズローの欲求5段階説とコフートの自己心理学
次に、人間の成熟について考える。
マズロー(1954)は、人間の欲求を「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求(所属と愛の欲求)」「承認欲求」「自己実現の欲求」という5つの段階に分類し、これらの欲求が階層的な関係を持つと提唱した。ピラミッド状になっており、低次の欲求が満たされると、より高次の欲求が生じると考えた。
欲求一覧 |
---|
自己実現の欲求 |
承認欲求 |
社会的欲求(所属と愛の欲求) |
安全の欲求 |
生理的欲求 |
コフート(1971)は、自己愛を満たす対象を、鏡映自己対象、理想化自己対象、双子自己対象の3つに分類した。鏡映自己対象とは、自分を褒めたり、注目したり、大切にしてくれる対象のことを指す。母親だけでなく、自分を評価してくれる友人や競争相手、相互フォローや「いいね」をくれる人、自分を推してくれる人なども鏡映自己対象に含まれる。理想化自己対象とは、自分が尊敬したり憧れたりする対象のことを指す。父親だけでなく、先生や仕事の上司、推しの芸能人なども理想化自己対象に含まれる。双子自己対象とは、自分と同類と思われる対象のことを指す。ライバルのような関係であり、自分は彼と同じ人間だから、自分のやっていることはおかしくないと安心して才能や性格を発揮できるようになる。
マズローとコフートに直接的な関係があるわけではないが、関連するように感じられる。承認欲求は鏡映自己対象、社会的欲求は理想化自己対象と対応する。自分を認めてくれる相手は鏡映自己対象であり、そういう相手がいれば承認欲求が満たされる。自分が理想とする相手は理想化自己対象であり、そういう相手がいれば(自分が存在したい社会が見つかるので)社会的欲求が満たされる。
マズローとコフートの説を総合すると、人間が自己実現を達成するためには、鏡映自己対象と理想化自己対象を持ち、自身の欲求を満たすことがまず第一に必要であることがわかる。
キャリアを持つこと
キャリアとは、一般的には「職業の経歴」として捉えられる。しかし実際には「仕事や職業に限定されない、人生全体を通じた経験」を含む。就職から定年退職までを単一の道として進むわけではない様に、成人期の各年齢段階において、仕事や組織との関わりや危機、有能感が経験されるプロセスがキャリアである。
キャリアとは、アイデンティティであり、自己の物語である。
自己の能力に対する意識、自身の動機や欲求、そして自己の価値観に対する充実感、といった要素を人生の節目節目で見つめ直し、調和を取りながら発展していく。
「関係性」に基づくアイデンティティ
準備中